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象潟や雨に西施がねぶの花
芭蕉 (おくのほそ道)

 象潟の景色。雨に濡れた合歓の花は、まるで傾国の美女と言われた西施が憂いに沈んで眠っているようだ、という意。象潟の憂いを含んだ景色を称えている。「ねぶ」と「眠る」を掛けて表現。象潟は芭蕉が「松嶋は笑うが如く 象潟はうらむがごとし」と述べたように、松島と並び『おくの細道』においてヤマ場の歌枕である。松島では句を記さなかった芭蕉だが、象潟では二句詠んでおり掲句はそのうちの一句。ただこの句の初案は
     象潟の雨や西施がねむの花    (『曽良旅日記』俳諧書留)
であった。何故芭蕉は推敲したのか。現代に俳句を詠む者として考えてみると、まずリズムの上から、初案が中七の途中で「や」を使っているのに対し、推敲句は上五に「や」を置いている。俳句には本来5・7・5のリズムがあり、中七の途中で切れ字の「や」を使うとそのリズムの効果が薄れてしまう。明らかに推敲句が上である。
 一方内容面で言うと、初案では「象潟の雨」と「西施がねむの花」と並列的に読まれるのに対し、推敲句ではまず「象潟や」と大づかみにし、「雨に西施がねぶの花」と視点を「ねぶの花」へ移動する。後者の方が大景から小景への転換が鮮やかで合歓の花が浮きあがって見える。
この二つの点から私は推敲句が上回るのは間違いないと思う。

(文) 安居正浩
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